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とあるアイマス好きの雑記帳

アイマスが好きな大学生が日常・非日常と問わず色々書き連ねるブログです。中身はあったり無かったり。

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魔法世界人って存在するの?しないの?

すっげぇ久しぶりだ…(挨拶

ネギま!の話です。

ふと思ったんですが、結局、魔法世界人って存在するんでしょうか?しないんでしょうか?

ラカン曰く「そんなの関係ねぇ!」だそうですが、実際の所はどうなんだろうと。

そもそも「存在する」っていうこと自体がかなり危うい概念なんで何とも言えないのですが、一般的(?)に言われるのは「世界は“自分がそうだと思っているから”そういう姿を取る」なんて話でしょうか。

例えば、僕は今こうしてブログを書いていますが、それは僕が「ブログを書いている」と認識しているからそう言えるだけで、端から見たらニコ動を見ているかも知れないんですよね。

他にも、目の前に赤いカーペットがあったとしましょう。僕はそれを見て「赤い」と言い、別のAさんもそれを見て「赤い」と言うわけですが、もしAさんが「僕が青だと認識している色」を「赤」だと認識していたとすると、目の前のカーペットが本当は何色なのかは分からなくなります。「僕はこの色を赤だと認識しているが、それは僕には赤に見えているだけで、周りの人は皆、僕にとっての青を指して赤と言っているのかも知れない」可能性が付きまといます。うん。書き言葉で説明すると難しいw

すると、例え魔法世界人が造物主の被造物であったとしても、それが自我(この言葉は割とファジーなニュアンスで使ってます)を持って「自分は存在している」と思った瞬間、その魔法世界人は存在しているんだと思うんですよね。逆に、人間(魔法世界人の対立項としての)が「自分は存在している」と言った所で、それはそいつがそう勘違いしているだけで、実は存在していないのかも知れません。周りの人や世界が自分とは無関係、独立なモノであるように見えても、そこまで含めて「自分の勘違い」である可能性を、どうやって否定できましょうか。そもそも、僕達は目に見えない部分、意識の外にある部分で起きている事柄については、どうやっても知ることは出来ない。そんな曖昧な世界で、「存在することの確実さ」なんて証明できるはずがない。

哲学は大学に入ってから詳しく勉強しようと思っているので、穴だらけな気もしますが平にご容赦を^^;

こう考えると、「完全なる世界」の言う「救済」は救済でも何でも無いですよね。彼らだって「自らの存在」を真に証明することは出来ない。「造物主により創造された」という概念自体が「創造」である可能性は否定できませんから。やっぱり、「完全なる世界」の行動は止められて然るべきだったのかなぁ、とボンヤリ思う次第であります。
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